| 1800年(文化)の頃、綿花栽培で豪農となった地主、大西家。
その9代目甚一平の別宅として、みとろ苑は大正7年に完成する。
設計者は京都の茶人。当時、経済難、気候不順が重なり農民の生活が苦しくなっており、その救済事業として村人に仕事を与えるために建てられることとなる。
完成には当時の村民を総動員しても7年間の長きに渡る歳月を要した。
材料は大阪より厳選されたものが、幾日も馬車を連ねて運ばれ、そそ中からさらにより良い材料だけを用いたという。そのとき残った材料で他に3軒もの家が建ったということからも、贅沢な素材選びがうかがい知れる。 |
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